森法律事務所
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私は、弁護士という職業上、あまりビジネス・コンサルタントっぽい発言は控えてしまう傾向にあります。

ただ、数多くの経営者やコンサルタントの話を耳にさせていただく中で、ある瞬間にいろんなことが結びつき、異なる表現ではあるけれども、同じことを意味しているのではないかと思わさせられることがあります。今回は、その話をさせていただきます。

先日、企業の利益向上のための施策についての議論を耳にしました。話をわかりやすくするために、小売業で考えてください。その議論とは、次の問題に関わるものです。問題とは、「既に市場で売り出されている製品Xについて、さらに利益を上げるためには、どうするか」というものです。もちろん、市場や経済は、様々な要素や人間の気持ちによって左右されますので、画一的な回答があるわけではありません。ただ、一般論として、利益を上げるには、(i)価格を上げる、(ii)販売数量を増やす、(iii)仕入値を下げる、(iv)固定費を下げるの4つしかありませんので、どれを採用するのが一番効率的であるかという問題です。例えば、売上を増やすというのは、(i)と(ii)の優先順位をつけないで、価格×数量を増やそうといっていることとなり、現実的には(i)を放棄してでも(ii)を採ること(=値下げ販売)を意味するケースが多いように思います。

ある方の意見は、多くの場合において、利益を上げるためには、(i)が最も有効という結論でした。もちろん、(i)価格を上げすぎて、販売数量がゼロになってしまえば、売上はゼロですので、限界があることは明らかです。ただ、一般に、値下げして数量を増やすより、値上げした方が数量が減り、仮に売上が減っても、利益が増えることが少なくないという見解であり、このことは、ある程度、理論的に、又は実証的に根拠づけることができるようです。

この議論を耳にした時に、数年前に、この話と良く似た結論を導いた論文を、Think!というビジネス雑誌 で見かけたことを思い出しました。確か、Think! No.23(2007 AUTUMN)という号 だったと思います(うろ覚えですので、違っていたらごめんなさい)。ローランド・ベルガー社のパートナーの平井孝志さんが執筆されている記事です。

さらに、去年の11月にも、ある食品系の会社の元経営者から表題の話を聞いたことも思い出しました。その話とは、次のようなものです。

販売部門、営業部門に、売上目標を立てるのは愚策である。販売部門や営業部門は、利益を出すための部署であり、利益が出せないのであれば、どんなに売上があっても、営業としては駄目である。営業部門の一人一人に利益目標を与えると、安易な値下げが最も良くないことが営業の現場の人間でもわかるようになる。


一方、生産部門、開発部門が、費用削減を目標にするのも愚策である。そのような目標を立てると、イノベーションが起きなくなる。そして、それどころか、食品の場合、混ぜ物をして、原価を下げようとする。なぜなら、材料費をより下げようとする方向に努力が向かうからである。多くの偽装事件が食品業界に生じているのは、食品メーカーの生産部門、開発部門が費用削減を目標にしているからではないか。原価を下げようとすると、混ぜ物、水増し、産地偽装、消費期限切れ商品の再利用が生じる。開発部門は費用を削減して利益確保を目指すのではなく、売れる商品をつくることに専念すべきである。営業部門が「こんな商品売れないよ」と言ったら、開発部門は、素直にそれを認めるべき。「物が売れないのは営業のせい」ではない。これからの時代は、商品が人に与える価値で勝負が決まる。開発が目指すべきは、原価削減による利益確保ではなく、魅力的な商品による売上向上である。


昔のような「作れば売れる」時代は終わった。物の時代から人の時代になったのだから、人を中心に考えなければ駄目だ。その違いは、あたかも、メーカーが作った物(地球)の周りを消費者(太陽)が回っていた天動説の時代から、コペルニクス的転回が起き、消費者(太陽)の周りで物(地球)が回り、生活を育む地動説の時代に移ったようなものである。


前世紀の日本企業は、営業部門に売上目標を、開発部門に利益目標を立てている会社が多かったのではないだろうか。今世紀はそのような目標設定では駄目だ。営業は利益を、開発は売上を目指すべきなのである。


この話は、多くの業界に通じる話ではないでしょうか。私は、この話を聞いた際にいただいたプリントが大変わかりやすかったので、忘れないように置いていました。今回のエントリーは、そのプリントをもとに、聞いたことを思い出しながら、書かせていただきました。

ところで、法律家は、食品偽装事件等が起きるとコンプライアンスという言葉を使って、議論をすることが少なくありません。しかし、おそらく、多くの企業の不正事件は、最初からコンプライアンス意識が低くて起きるのではなく、確信犯的に遵法精神が希薄な人が起こすというわけでもないように思います。誰しもが適法に働いて稼げるならそうしたいと思っているはずです。不正事件は、適法に稼ぐことをあきらめて違法に走って起きるというよりは、企業のリーダーが立てた目標に従っていくうちに、目標達成のために徐々にグレーな方法に手を出し、引いては事件を起こしてしまうということが少なくないように思えてなりません。リーダーが生産部門や開発部門にコスト削減を命じて利益を出すように指示しているうちに、現場で企業理念にも法規範にも反する(けれども短期的にはリーダーの指示する目標達成に近づく)行動が採られるようになることが背景にあり得ることも忘れてはならないと思います。

最後の話は蛇足だったかもしれませんが、お許しください。今日は、企業経営者が考えるべき方向性についての議論を通じてふと思いだしたいくつかの話を記させていただきました。

2010年11月30日  6:30 AM |カテゴリー: その他, ベンチャー・ビジネス |8件のコメント

 
判例時報平成22年11月21日号No.2089に、表題の内容の裁判例(東京地裁平成22年3月8日判決)がありました。

会計評価と、表明保証違反の関係が問題となった事例です。

株価算定の前提となる将来業績予測や会計評価において、相手方(提出側。本件では被告、売主。)が自分に有利な数字を使ったとしても、それは株価の評価の妥当性の問題であり、株価算定書が虚偽であるとはいえない(→被告の表明保証の対象とはならない)と判示されています。

本エントリーでは、本判決が妥当であるか否かの判断はさておき、本判決から得られる企業関係者への教訓を考えてみます。(ここで判断を差し控えるのは、評価が合理的な範囲を超える程度に不相当でおよそ妥当とはいえないレベルであれば、虚偽といえるレベルに達することはあり得ると考えますが、本件の会計評価と実態とを比較することができないことが主な理由の1つです。)

本件から言える一般的な教訓としては、「買収等のM&A案件では、契約締結前に、専門家を使ったデュー・ディリジェンスを怠らないこと」が導けると考えます。本件は、10億円規模のディールのようですが、契約締結前に弁護士や会計士等の専門家を使ったデュー・ディリジェンスが行われていなかったようです。買収案件では、その規模の大小にかかわらず、デュー・ディリジェンスを行い、(i)買収すべきか否か、(ii)株価の妥当性を判断した上で、(iii)デュー・ディリジェンスの結果を踏まえた契約条項の練り上げが必須となります。記憶の曖昧な話で恐縮ですが、いつかの新聞記事に、投資案件や取引案件では、そのディールの3%程度を目安として、リーガル費用やデュー・ディリジェンス費用に使うこととしている大手商社の記事を読んだことがありますが、一つの考え方であろうと思います。

また、私の個人的な関心は、株式譲渡契約書の書き方次第で結論が変わり得たか、原告は他に争い方はなかったのか、といったところにもありますが、やはり本件では、デュー・ディリジェンスをしなかったことが致命的であったように思います。一般的に、契約書の文言や争い方でリカバリーできる範囲は、事前に予防できる範囲より小さいものです。本件は、予防法務の重要性を改めて伝えてくれる裁判例です。


ベンチャー企業の社外取締役として、ベンチャー・キャピタルから派遣される取締役がいます。今回は、このベンチャー・キャピタルから派遣される取締役の役割について、考えたいと思います。

そもそも、なぜベンチャー・キャピタルは、投資契約書に取締役派遣条項を入れようとするるのでしょうか。それは、主に以下の2つの役割が考えられます。

1 適切な経営が行われているか、チェックする
2 株主として、企業価値が上がることに貢献できる可能性を見逃さない


1の「適切な経営が行われているか、チェックする」というのは、決して現実に経営全般を監視することを意味するわけではありません。理想としては、経営全般の監視ができれば良いでしょうけれども、1人の社外取締役が為し得る現実としては、(i)月次決算や事件・事故の報告を受けて、売上や費用の変動及びその原因を知ること(過去業績情報の収集及び分析)、(ii)各プロジェクトの進捗状況、製品やサービスの内容やリリースの見込みを知ること(将来業績予測に関わる社内情報の収集及び分析)、(iii)既存及び新規の取引先との取引・交渉の状況、新規事業・製品・サービスの内容や見込、顧客・潜在顧客動向、ライバル社・競合製品・新規参入の動き等の分析・検討(将来業績予測に関わる社外情報の収集及び分析)にかかわることにより、会社が健全に発展する様に指導し、代表取締役の決断を支援するということになるでしょう。通常は、変なお金の動きがないか、投資した資金が有効に使用されているか(投資した資金の想定外の使用も問題であるが、資金を使用しないことも問題。使用しない問題については、こちらを参照「ベンチャー企業のお金の使い方」)といった点に焦点をあててチェックすることが多いと思います。勿論、ベンチャー・キャピタルから派遣された社外取締役とはいえ、オフィス内に机があり、週に2~3日以上のペースで業務に携わっている方もおられますので、一概に言えるものではなく、より広範囲に監視等されているケースもあるかと思います。

社外取締役がチェックすることの動機・背景事情には、ベンチャー・キャピタル・ファンドへの出資者(投資家=LP:有限責任組合員)への説明義務があります(株主として会社が健全に成長することへ期待しているのは勿論です。)。ベンチャー・キャピタルとしては、投資先企業から話を聞いて、ファンドの出資者に報告できるようにする必要があります。(なお、実務上、VCのLPへの説明責任と、取締役としての善管注意義務・守秘義務の抵触といった問題が生じることがあり、悩ましい局面が生じることがあります。投資契約書等で予め解決しておくのがよいでしょう。)従って、ベンチャー・キャピタル側としては、ファンドの出資者にきちんと説明を尽くせる程度に、投資資金の使い道や投資先の状況を把握しておく必要があるのです。

投資先企業の業界については、ベンチャー・キャピタルの担当者もある程度詳しいことが多いですが、普通は投資先企業の社長の方が詳しいものです。ですから、ベンチャー・キャピタルから派遣された社外取締役は、新規のプロジェクトやリリース、製品概要について、余計な口出しをして、イノベーションを抑制するようにならないように心がけていることも多いでしょう。

2の「株主として、企業価値が上がることに貢献できる可能性を見逃さない」とは、何でしょうか。それは株主や当該社外取締役がもっているネットワークや情報、知識、アイディア等によって、事業の効率を高めたり、新規の取引につなげたりすることです。

独立系のベンチャー・キャピタルでは、投資先に取締役を派遣することは少なくなく、多くの派遣取締役がMBAホルダーや事業経営の経験が豊かな方です。この方々は、1のチェック機能が果たせるのは勿論のこと、取締役個人の力量で、マーケティング戦略を立案したり、コストを削減をしたりすることが可能ですので、投資先の企業価値の向上に貢献することが可能です。

また、ベンチャー企業が、商社系のベンチャー・キャピタルからの投資に対し、その親会社となっている商社のネットワークを利用したいという期待を抱くことも少なくありません。実際、商社系のベンチャー・キャピタルが、そのネットワークから投資先のビジネスに有用と思われる人を投資先に紹介することは稀ではありません。

ところで、法制審議会会社法制部会第4回会議(平成22年8月25日開催) の参照資料・部会資料2・「企業統治の在り方に関する検討事項(1)」 【PDF】 には、次のようなくだりがあります。

社外取締役の役割等については,「平時における経営者の説明責任の確保,有事における社外の視点を入れた判断の担保や経営者の暴走等の防止・安全弁といった役割」や,「取締役の業務執行に対する監督に加え,当該社外又は独立取締役の持つ識見等に基づき,外部的視点から,いかに企業価値を高めていくかといった助言機能」等が挙げられている。これらも踏まえると,社外取締役に期待される主な機能については,以下のような整理をすることができるのではないかと考えられる。
① 経営効率の向上のための助言を行う機能(助言機能)
② 経営者の評価・選解任その他の取締役会における重要事項の決定に関して議決権を行使することなどにより,経営全般を監督する機能(経営全般の監督機能)
③ 会社と経営者との取引の承認など会社と経営者等との間の利益相反を監督する機能(利益相反の監督機能)
(引用終わり)


これにあてはめると、私の分析の1「適切な経営が行われているか、チェックする」は強いて言えば②と③に、2「株主として、企業価値が上がることに貢献できる可能性を見逃さない」は①に該当します。とはいえ、②の「重要事項の決定に関して議決権を行使することなどにより」という部分は、ベンチャー企業の社外取締役について言うのであれば、「月次決算や事件・事故等の会社の過去業績に関わる報告を受け、さらに社内及び社外における会社の将来業績に影響を与える情報を収集及び分析する等すること、その他取締役会の様々な意思決定に関与することなどにより」となるのではないかと考えられます。

なぜなら、実務的には、報告事項や事業展開の決定事項に接することへのウェイトが、会社法的な重要事項の決定に対するものと比べると、同じかそれ以上に大きいと思われるからです。例えば、ベンチャー企業では取締役会と株主総会が対立することがないわけではありませんが、代表取締役は、株主の意向で決まることがほとんどで、取締役会の選任・解任が実質的な意味を持つケースはそれほど多くありません。その意味では、代表取締役の選任・解任議案といった重要事項の決定への議決に関わるためというよりか、月次の業績報告を聞くことの方が重要性があります(「企業統治の在り方に関する検討事項(1)」の「平時における経営者の説明責任の確保,有事における社外の視点を入れた判断の担保や経営者の暴走等の防止・安全弁といった役割」というのは意思決定への議決権行使以外の重要性を述べているものだと理解しますが、同資料の分類では少しわかりにくくなってしまっています。)。

この議論がそのまま上場企業、一部上場の巨大企業に当てはまるとは申しませんし、全てのベンチャー企業に当てはまるわけではないと思いますが、近時盛んな社外取締役(強制)導入論についての議論の参考になれば幸いです。特に、この議論を踏まえると、一般論として、社外取締役の条件としては、(1)会計資料等から業績や状況を分析できること、(2)会社のビジネスや業界に詳しいこと、(3) 企業価値の向上が期待できる知識や知恵、ネットワークを持っていること、を挙げることができると考えますが、現実に上場企業がそのような人材を調達するのは現実的か(若しくは、このような条件のいくつかは満たさなくてもよいか)という観点から検討することも必要なのではないかと考えています。

今回は、およそ学習一般について、私が少し考えていることを記させていただこうと思います(特に司法試験受験生を想定したコメントもあります。)。少し抽象的な話となりますので、ご容赦下さい。また、ベンチャー法務とは直接関係ありませんので、この点もご了解いただければ幸いです。

ニーチェ(Friedrich Wilhelm Nietzsche)の著作に、『ツァラトゥストラ』(ALSO SPRACH ZARATHUSTRA)という本があります。『ツァラトゥストラはこう言った』『ツァラトゥストラはかく語りき』『ツァラトゥストラはこう語った』等という題で訳されていることもあります。この本からインスピレーションを得て創作されたと言われる、リヒャルト・シュトラウスの交響詩「ツァラトゥストラはかく語りき」(序奏が映画『2001年宇宙の旅』の冒頭の曲に使用されている。)の方が有名かもしれません。

この本は、後期ニーチェの代表的な著作です。「神は死んだ」や「超人」といったニーチェを代表する概念も現れます。私がニーチェについて語るのは力不足である上、本業でもなく、また「読んで理解した」どころか「読んだ」とも言える領域に達していませんので、ここで、ニーチェ哲学の内容に深入りするのは、止めておきます。(私がニーチェに傾倒しているわけでもありません。念のため。)

この本の中に、次のような一節があります。

ツァラトゥストラの言説
三様の変化

(同志への教説がはじまる。重荷に堪える義務精神から自律へ、さらには無垢な一切肯定の中での創造へ。これが超人誕生の経路である。)

わたしは君たちに精神の三様について語ろう。すなわち、どのようにして精神が駱駝(らくだ)となり、駱駝が獅子(しし)となり、獅子が小児となるかについて述べよう。
畏敬を宿している、強力で、重荷に堪える精神は、数多くの重いものに遭遇する。そしてこの強靭な精神は、重いもの、最も重いものを要求する。
(中略)
すべてこれらの最も重いことを、重荷に堪える精神は、重荷を負って砂漠へ急ぐ駱駝のように、おのれの身に担う。そうしてかれはかれの砂漠へ急ぐ。
しかし、孤独の極みの砂漠のなかで、第二の変化が起こる。そのとき精神は獅子となる。精神は自由をわがものとしようとし、自分自身が選んだ砂漠の主になろうとする。
(中略)
わたしの兄弟たちよ。何のために精神の獅子が必要になるのか。なぜ重荷を担う、諦念と畏敬の念にみちた駱駝では不十分なのか。
新しい価値を創造すること―それはまだ獅子にもできない。しかし新しい創造を目ざして自由をわがものにすること―これは獅子の力でなければできないのだ。
自由をわがものとし、義務に対してさえ聖なる「否」ということ、わたしの兄弟たちよ、そのためには、獅子が必要なのだ。
新しい諸価値を立てる権利をみずからのために獲得すること―これは重荷に堪える敬虔な精神にとっては、身の毛もよだつ行為である。まことに、それはかれにとっては強奪であり、強奪を常とする猛獣の行うことである。
(中略)
しかし思え、わたしの兄弟たちよ。獅子さえ行うことができなかったのに、小児の身で行なうことができるものがある。それは何であろう。なぜ強奪する獅子が、さらに小児にならなければならないのだろう。
小児は無垢である、忘却である。新しい開始、遊戯、おのれの力で回る車輪、始原の運動、「然り」という聖なる発語である。
(中公文庫版『ツァラトゥストラ』(ニーチェ著、手塚富雄訳)36頁以下より引用)


詳しくは原文を参照してください。非常に読みにくい文体ですが、上記の内容を極めてざっくりとまとめると次のようになります。

駱駝:重荷に堪える

獅子:自由な状態を獲得し自律する

小児(赤子):新しい価値を創造する

ニーチェの本旨についての議論はさておき、このプロセスは、いろいろな場面に応用できるように思います。

まず、重荷に堪える段階(駱駝の段階)では、コツコツ努力すること、既存の概念や価値観を学習するところからスタートします。法律の勉強であれば、条文、判例、基本書を通じて、基礎的な概念、既存の考え方を習得することが重要です。このときに、自分独自の説や考え方を提唱することは適切ではありません。司法試験について言えば、司法試験のうち択一試験が問うているレベルです。この頃に、基礎学習をおろそかにし、自分の独自の考えに固執することは避けた方がよいです。虚心坦懐に先人の考え方を学ぶことに力点を置いて下さい。

その段階が終わると、漸く自分の言葉で議論できるようになります。獅子の段階です。基礎的な概念、既存の考え方を十分に習得し、理解できていると、自然と自分の言葉で、自由に議論できるようになります。司法試験であっても、このレベルに達していれば、論文試験でもだいたい合格できると思います。論点ごとの暗記に頼ることなく、体得した知識と論理体系によって、様々な問題に対処できるようになっているはずです。対処できない問題があれば、その問題を解決するために必要な素養において重荷に堪えていないということですから、その分野では、まだ「私は駱駝の段階である」と考えて、地道な勉強を継続しましょう。

最後は、小児(赤子)の時代です。この段階に完全に到達することは、超人レベルになることを意味します。長年、様々な議論をする先に見える自然体の状態であろうと思いますが、容易に到達できるものではありません。試験勉強で、このレベルを目指す必要はありません。

日本にも伝統的に、「守・破・離」という概念があります。能を確立した世阿弥の教えに端を発し、川上不白という18世紀の日本の茶人により言葉にされたようです。この「守・破・離」という概念も、このニーチェの「駱駝・獅子・小児」の話に近いかもしれません。空手等の武道やお茶・お華等の芸道でも、同じように考えることもできるように思います。

司法試験等の資格試験の受験生は勿論のこと、経営者、芸能人、職人、専門職等、いろいろな領域で参考になるのではないかと思っております。時には、自分の現状を遠くから観察して、どの段階にいるのかを見据えながら、今、為すべきことを見直すことも、よいのではないでしょうか。

2010年11月25日  6:30 AM |カテゴリー: その他, 企業法務 |1件のコメント

 
以前にもお伝えさせていただいたとおり、来週、12月1日(水)に、「利益を守る、大きな損失を未然に防ぐ、ITベンチャーのための契約知識」という題で、講演させていただきます。

詳細は、下記のとおりです。
日時: 12月1日(水)18時30分開場、19時開始
場所: セミナーハウス クロス・ウェーブ梅田 (〒530-0026 大阪府大阪市北区神山町1-12)

今回は、1時間半の内容ですので、中小企業やベンチャー企業が実際の契約交渉に、どのように臨むべきかという交渉面にも光を当てて、お話しさせていただく予定です。
お申し込みは、こちらからです。このページの上から2つ目にある『利益を守る、大きな損失を未然に防ぐ、ITベンチャーのための契約知識』の欄の「お申し込みはこちらから」という部分をクリックしていただいても同じです。

ご参加をお待ちしています。

2010年11月24日  10:00 AM |カテゴリー: 未分類 |コメントはまだありません

事業を進めるにおいて、商標権は、重要なポイントになります。

商標登録を受けずに、事業を継続していくと、第三者の商標権を侵害しているとして、その商標が使用できなくなる可能性が生じます。あまりブランド化を意識していない企業でも、費用はそれほど高くありませんので、早目に取得しておくことをお薦めします。

ところで、商標登録を受けるためには、商標を使用する意思が必要とされています。使いもしない商標が登録され、商標を自由に選ぶ自由を妨げられるのを防ぐためです。とはいえ、登録の審査の段階で、審査官が、その商標を使用する意思があるかないかを判断することは非常に難しいものです。

そこで、登録されているものの使用されていない商標の登録は、事後的に取消す制度として、不使用商標の取消審判の制度が設けられています。対象は、継続して3年以上使用されていない商標です。

この不使用商標の取消審判は、審判の相手方からすると、「わが社は、この商標を使っていましたよ。」と立証すれば、その商標登録は取り消せないという審決が下されることになります。申し立てる側からすると、相手方の使用状況をすべて調査するのはほとんど不可能ですから、現実的には、「いろいろ調べたが、多分、使っていないだろう」くらいの心証で、申し立てることになります。申し立てられた相手方は、何とか使用実績を立証するか、諦めるかしかありません。ただ、使用実績を立証する際に、事実に反するものを作成すると、偽造であり、商標法違反等に問われることになります。

『ビジネス法務 2011年1月号』9頁に、「商標登録存続に虚偽納品書、社長ら逮捕」と題する記事が掲載されています。

上の記事では、不使用商標の取消審判の中で、相手方(商標を使用していたと主張する側)が偽造した納品書を提出した事例が掲載されています。審判では「登録は取り消せない」という審決を受けたものの、その後、知財高裁で納品書が偽造であると認定されて、審決が取り消されたとのことです。この件に関連して、納品書を偽造した社長らが、商標法違反(詐欺の行為)で逮捕されたとのことです。

不使用商標の取消審判について、一部では、「相手方から使用していると主張・立証されてしまえば、なかなか反論できない(ので、申立ての実効性が低い)」という意見もありますが、本件のように逮捕に及ぶ例も出てきましたので、今後は、不使用商標の取消審判がより実効的なものになるかもしれません。なお、本記事では、逮捕された旨の記事であり、最終的に商標法違反等で起訴され有罪判決となったことが確認できたわけではありませんので、この点ご了承いただければ幸いです。

2010年11月22日  6:30 PM |カテゴリー: ベンチャー・ビジネス |1件のコメント

昨日の会社法実務研究会に出席させていただき、最近の会社法改正の動向について大変有意義な議論を聞かせていただきました。議論の多くは、社外取締役導入義務化論でした。私は、その背景をよく理解しておりませんでしたが、取締役会も監査役・監査役会も、代表取締役としての監査機能が不十分であると(特に外国人投資家に)認識されているらしく、特に代表取締役解任権のない監査役・監査役会に監査機能を期待するのは無理なので、会社法の機関設計のあり方を検討しようという動機(監査役に代表取締役解任権を与えるのは余りにも制度趣旨に反するので、社外取締役にそれを担わせようという発想)があるように思われました。

私には、なぜソフトローでは難しいのか(上場企業を念頭においた制度変更であれば会社法をいじらなくてもよいのではないか)、これまでの監査役会設置会社の体制では(社外取締役がいないというだけで)それほどコーポレートガバナンスが不十分なのか、なぜ「社外取締役1名又は数名」導入の議論なのか(なぜ過半数でなくてもよいのか、オブザーバーの出席ではだめなのか)、委員会設置会社との距離感、社外取締役が果たすべき善管注意義務の内容等、まだまだよく理解できていないことが沢山あります。私の中では、意見の集約ができておらず、結論が出せていない論点であり、これからも勉強させていただきたいところです。

ところで、昨日の会社法実務研究会では、「吸収合併,吸収分割における株主の株式買取請求権と「公正な価格」について」という題で、裁判例の報告もございました。個人的には、会社法の株式買取請求権と裁判所における株価算定事件については、議論したいことが山のようにあり、それはいつかまとめてみたいと思っていますが、今回は、その一部をメモ書きにするのにとどめたいと思います。

・公正な価格の基準とする日は、本当に常に効力発生日でよいのか。上場と非上場で区別しなくてよいのか、株主総会があるケースとないケースは同じでよいのか。(a)公正な価格の基準とすべき日の議論と、(b)公正な価格を算定する際に、シナジー・毀損考慮価格を算出することになるが、上場企業のシナジー・毀損考慮価格の算出方法として効力発生日時点の株価を利用するのが適切であるという議論とを混在させていないか。


・公正な価格は、基本的にはなかりせば価格とシナジー・毀損考慮価格の高い方でよいと思われるものの(そもそも買取請求者自身も、その動機(合併自体に反対なのかor対価に反対なのか)に区別を付けられないことが多いはずなので、合併反対→なかりせば価格、対価に反対→シナジー・毀損考慮価格という動機による区別は難しい)、シナジー・毀損考慮価格は、裁判所が決定に至る過程で、会社の合併等についてシナジーが生じるのか、毀損が生じるのかを判断しなければならず、取引市場がある場合は市場の判断にゆだねるとしても、取引市場がない場合は、どうするのか(実務的には第三者の公認会計士の判断に依拠することになることが多いであろうが、その公認会計士も何を根拠にシナジー等を判断するのかという問題を抱える(経営者は間違いなくシナジーがあると述べる)のは同じであろう)。


・非上場会社の株価算定方法で、取引事例価格方式が軽視されすぎではないか。裁判所は、“直近の取引はたまたま1回の取引でその価格がついただけ”という価値判断があるように思われるが、プロ投資家同士の株式譲渡や、プロ投資家と経営陣の間に十分な交渉があった後の新株発行がある場合は、取引事例価格方式が合理的ケースもあるといえるのではないか。


・非上場会社の株価算定で純資産法を重視する傾向が未だに強いように思われるが、清算が想定し得ないケースでは純資産法に合理性はないのではないか。


他にも、株式交換完全子会社の反対株主による株式買取請求権とその親会社の登記実務等も検討対象として興味のあるところですが、また時間のあるときに検討したいと思います。今回は、かなり法律実務家的なマニアックな話でした。お付き合いいただき、ありがとうございます。

2010年11月19日  7:00 AM |カテゴリー: 未分類 |コメントはまだありません

昨日(17日)配信の日本経済新聞のニュースに、「特許の出願、発明公表後も可能に 11年の法改正目指す」というものがありました。

特許庁は大学などの研究者が特許出願をしやすくするため、特許法を改正する方針を固めた。特許を取得できるのは原則として未公表の発明に限られているが、学会などで公表した後の出願も認める。大学の研究者は特許取得より学会などでの論文発表を重視する傾向があるため、発表が特許取得の障害にならないようにする。(引用終わり)


現在の特許法上、特許出願より前に公開された発明は原則として特許を受けることができません。しかし、論文発表等が先行する場合でも常に特許を取得できなくなるとすると、酷ですので、特定の学会での発表等一定の条件の下で発明を自ら公開し、その後に特許出願した場合には、先の自らの公開によってその発明の新規性が喪失しないとする規定が設けられています(特許法第30条)。

ただ、この例外規定を受けるためには、基本的には特許法第30条第4項の手続きが必要となります。この手続きの詳細については、特許庁のホームページの「発明の新規性喪失の例外規定(特許法第30条)の適用を受けるための手続について」(平成22年3月 調整課審査基準室)を参考にしてください。

この法改正が、大学発ベンチャーや産学連携事業の活性化に繋がり、また、うっかりな新規性喪失が減ることに期待したいと思います。

2010年11月18日  7:00 AM |カテゴリー: ベンチャー・ビジネス |1件のコメント

最新の旬刊商事法務と金融・商事判例で、経営判断原則に関連するある判例(平成22年7月15日最高裁判決―アパマンショップHD株主代表訴訟上告審判決―)が取り上げられていました。この判例は、ブログ『ビジネス法務の部屋』でも取り上げられていますので、私も便乗して、取り上げようと思います。旬刊商事法務は、1913号4頁「アパマンショップ株主代表訴訟最高裁判決の意義」(中央大学法科大学院教授 落合誠一)、金融・商事判例は、1353号26頁です。

いずれの記事でも、この判決は、従来からの経営判断に関する取締役の善管注意義務違反の有無についての判断枠組みと同じ流れに沿うものであるとしています。その内容は、次のものです。まず、概ね、「判断の過程・内容が取締役として著しく不合理なものであったか否か」という判断基準を採用します。そして、その判断をする前提として裁判所が審査する対象をまとめると、およそ以下のものとなります。

(1) 判断の前提となった事実の調査、情報収集、分析・検討に特に不注意・不合理な点があるか
(2) (当該業界の通常の経営者の経営上の判断として)事実認識に基づく意思決定の推論過程および内容の著しい不合理さがあるか


(2)の括弧の部分は、落合先生の論文に見られる特徴かもしれませんので、括弧書きとさせていただきました。さらに、商事法務の落合先生の論文では、審査対象を上記の(1)及び(2)並びに上記の判断基準とすることの前提として、

(0) 裁判所が経営者の経営判断に積極的に吟味・介入することを肯定すべき例外的事情がある場合は別段、そうでない限り、

という限定が付されているように思います。

経営者にとっては、ややリスキーと思われる判断をする場合は、まず、判断の前提として、十分な情報収集を行い、客観的に分析・検討を加えたうえで、次に、経営会議や弁護士等の専門家への意見聴取といった手続き的な適正さを図ることが重要でしょう。

なお、この論点についての今のところの私見は、次のようなものです。

概ね、上記の判断枠組みは裁判所のあるべき姿であり、その当てはめも原則として、謙抑的であるべきです。その意味で、今回の最高裁判決は妥当であるように思われます。そして、(0)のような前提条件を設けることも必要であり、(i)会社法その他の法令に違反する場合、(ii)違法な行為に関与したり黙認しているような場合、(iii)会社法第423条第2項や第3項の推定規定が適用されるような競業行為や利益相反取引、(iv)第三者の身体・生命・財産等の権利に対する侵害が生じることが予想可能であったり、現に発生している場合は、この枠組みではなく、裁判所がより積極的に結果回避義務違反を認定してもよいものと考えます(他にもあるかもしれません。)。

ただ、落合先生の論文にある「当該業界の通常の経営者の経営上の判断として」という部分(上記(2)の括弧の部分。商事法務No.1913 7頁2段目)は、(医療過誤訴訟における医師の過失で採用されそうな規範ではありますが)経営判断原則には少し馴染まないではないかと感じております。というのも、ビジネスの世界では、同じ業界であっても、ポジションによって、なすべきことが異なるものだからです。一般論として、同じ業界には、シェアに応じて、リーダー(業界1位)、チャレンジャー、ニッチャー、フォロワー、と分類することが可能であり、リーダーであれば、他の企業と同じことをすることは戦略としてあり得ますが、チャレンジャーやニッチャーは、リーダー企業がしないこと、できないこと、参入しないであろう領域に参入することが求められますので、当該業界の通常の経営者が「しない」であろう経営上の判断が時に求められます。

すると、「当該業界の通常の経営者の経営上の判断として」という判断枠組みは、少し経営判断原則の場合は、使いずらいのではないかというのが私見です。

また、山口先生の本判決に関するエントリーのタイトルは、少々過激に「最高裁は「社外取締役制度」をどう考えているのか?(その2)」とされておられますが、本文では、「アパマンショップHD最高裁判決へのご見解と、この社外取締役導入論が論理的につながるものではないことは承知しております」とあるとおりで、流石に、この判決と社外取締役制度は、直接には結びつかないと考えます。重要なのは、経営判断の過程で、判断の前提となる情報や手続きにおいて、客観性を確保できているかという点であり、その客観性確保の方法論は、社外取締役の導入「だけ」ではないからです。

企業法務弁護士としては、ある経営判断が善管注意義務違反であるか否かの意見を述べるのは、非常に難しい側面があります。ただ、本件でもそうであったように、一定の前提のもと、経営者の判断が経営の裁量の範囲から大きく逸脱していないかという点であれば、意見を述べることはあり得ますので、重要な経営判断、特に株主価値を大きく毀損する可能性のある判断をする場合は、弁護士から意見書を取得しておいた方がよいと考えます。

2010年11月17日  7:00 AM |カテゴリー: ベンチャー・ビジネス, 企業法務, 法務関連ニュース |1件のコメント

現在進行形のベンチャー企業にライフネット生命という会社があります。

会社名から推察できるとおり、インターネットのみで生命保険を販売する保険会社です。

この会社の社長さんは、出口治明さんという方で、非常に教養が高く、お話をお聞きしても、ずっとわくわくした気持ちになることができる方です。ちょっとお話を聞くだけで、こちらが、大層、教養を深めたような気にさえなります。ちなみに、数週間前、私とお話させていただいた時には、歴史好きとして、書物誕生シリーズをお薦めいただき、早速、高橋宏幸著『カエサル「ガリア戦記」』を読み進めております。

ところで、ライフネット生命保険株式会社の副社長さんは、岩瀬大輔さんという、これまた素晴らしい方です。直接お話しさせていただいたことはなく、一方的に私がすごいと片思いさせていただいているだけですが、ハーバード・ビジネス・スクールに在席されているときから、ブログ「ハーバード留学記」を作成されておられ、このころからのファンです(いま、このブログは、『ハーバードMBA留学記 資本主義の士官学校にて』『金融資本主義を超えて―僕のハーバードMBA留学記』 という本となって、出版されています。)。

この度、この岩瀬さんが、『132億円集めたビジネスプラン』という本を上梓され、本日発売開始とのことですので、早速買ってみたいと思います。

ライフネット生命社は、全く売上のない時期に、名だたる大企業やベンチャー・キャピタルから、132億円という巨額の資金調達をして、ビジネスを開始されています。現在、営業黒字達成もそう遠くないと予想されています。

今後、日本のベンチャー研究において、おそらく、同社は多くの研究の対象となることは間違いないと考えます。

同社の特徴の1つは、ビジネスモデルと実行力の秀逸さは勿論のこと、業界でかなりの地位まで上ったベテランと新進気鋭の超エリート青年のタッグで、会社をスタートさせたところにあると思います。出口社長と岩瀬副社長は、キャリアも年齢も全く違うお二人ですが、絶妙のコンビネーションと魅力で、周囲を魅了し続けています。お二人とも、極めて聡明で、勉強熱心な努力家であることは、おそらく間違いないのですが、それ以上に人間的な魅力にあふれておられるのだと思います。その二人が相性良く、会合し、しかも事業を始めることで一致したというのは、ある意味、奇跡的な出会いではないでしょうか。

私は、ライフネット生命社がこれからも成長を遂げて、日本で営業黒字を達成し、その後は、日本にとどまらず、世界に羽ばたいていってほしいと願う者の1人です。(念のため、申し上げますと、私は、同社から何かをいただいたり、推薦やPRを依頼されているわけではありません。)

2010年11月16日  7:00 AM |カテゴリー: 未分類 |1件のコメント
 
   
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